セールスマンの死

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ブラジルのバンドエイドの広告

広告をセールスマンに例える。いろんな商品を販売する人(主としてタレント)が、ほぼ15秒ごとに8人くらいやって来て、叫んだり、踊ったり、食べたり、笑ったりして去っていく。パーティに遅れ、汗を拭き拭き賑やかに登場しても、誰にも声をかけられない人が、広告だ。

 

セールスマンを生き返らせるには、どうすればいいか。ブラジルの「ビジュアル言語」を持った広告を参考にしたい。「ビジュアル言語」とは、言葉を昇華したところにあるビジュアル・コミュニケーション。音楽や絵画のように幅広く分かり合える、伝達スピードが速いコミュニケーションです。何故ブラジルか?この超言語の広告を得意としている国であり、意外と知られていないが、世界の広告祭で米国、英国に次いで受賞作が多い国でもある。

 

超言語のブラジル流広告が生まれたのは、ラテン系、(ナチスの逃亡犯をかくまったことでも知られた)ゲルマン系、アングロサクソン系、アフリカ系、(勤勉さで尊敬される日系を含む)アジア系、そして先住民族など人種の混交があり、多様な言語でコミュニケーションしているブラジルの環境が醸成したものと言える。国民心を一つにしてという同調化は夢にもない国だ。自由奔放、コロナ禍の感染爆発は当然の経過でもある。超言語といっても分かりづらいので、具体例を見てみたい。

 

(冒頭)バンドエイドの広告では、バンドエイドが必要な瞬間を捉えて苦笑を誘う(切り傷ができる箇所は、木彫にして生々しくならない配慮がされているのも笑いを誘う)

(左下)頑丈なドアの広告では、ドアよりも壁を壊して館内に入ろうとする特殊部隊

(右下)殺虫スプレイの広告では、「自然のフリをする」というコピーで、虫を捕食するカメレオン

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以下の2点は、ちょっと考えさせる謎解き広告で、(どうなってるの、この広告?という知恵くらべや謎解きが、談論風発で忘れさせない)認知効果を高めた、IQの高い広告:

(左下)DHLの広告では、送付→到着が速いので、梱包テープを貼って→剥がす瞬間を1画面で表示し、スピーディなDHLロジスティックの差別化を訴えている

(右下)サングラスのレイバンの広告では、街中で手をつなぐゲイカップルを捉え「決して隠さない」というコピーでレイバンの”目立ち感”を表現

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日本では、”ポスターは3秒勝負”とか”雑誌は3秒で次のページ”など、アートディレクション瞬間芸が求められ、知って欲しい正解が見つかるとも限らない謎解き、IQの高い仕掛けは敬遠されている。海外のグラフィック広告は、テレビでは達成できない深い認知促進を分担する形でキャンペーンが組み立てられている。この領域を避けている日本の広告は、海外賞からは縁遠い存在である。安全ピンでボルボ安全神話を表現して、カンヌのグランプリを受賞した大昔の日本の新聞広告を思い出すのもいい。

 

今や存在しないマスマーケットを追いかけるマーケットシェア占有モデルや、成果主義のターゲティング広告、そして効率論で超言語広告を排除し、セールスマンの死を招いたと類推する。母親がスマホでチャットし、横で子供がアイパッドでゲームをしている会話のない乾いた日常風景を見るにつけ、感情を揺さぶり、バイラルを掻き立てる超言語広告が、一つのヒントになると思われる。

秘密ではない

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willem dafoe

コロナ禍、リモートワークが増えた。家の中が騒がしい。「方言が出たら、喧嘩はやめよう」地方出身の夫婦が取り決めた生活の知恵だと、ラジオで聴いた。建前の標準語より、方言は本音に近く、大喧嘩になると、二人は感じていたのだろう。

 

広告の話し言葉は、人の心に刺さる「方言」であるべきだ。表向きの建前はそうでも、本音は違うというのをピンポイントで探り当てていく。しかし、誰もが思う凡庸な本音ではなく、角度を変えた本音の方が広告表現のインパクトがある。

 

では、えっと思わせる本音とは。ある気分や気持ちへ紐付けされた「心の記憶」であり、広告商品を買うときに背中を押してくれるもの。あるいは、人とこの商品を結びつけている赤い糸。これは、消費者調査や制作者の洞察「気づき」から生まれる。

 

でも、「気づき」が、全ての広告に必要かと言うとそうでもない。犬のお父さん、黒人のお兄さん、安倍マリオ、オリンピッグ豚などの飛び道具が出てくる企画パターンには必要がない。

 

「気づき」を分かりやすくするために、2つの事例を紹介。

①洗濯洗剤Tideの「シミ」というCM

「洋服のシミは、あなたよりお喋りです」という「気づき」:

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②チョコレートSnickersの「マリリン」というCM

「あなたが空腹のときは、あなたはあなたではない」という「気づき」:

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ひとの心に隠れたものに気づいた広告だけが、「背中を押して」購買のきっかけをつくることが出来る。この「気づき」を「インサイト(洞察)」と呼び、広告料理の大切なレシピになる。

炎上

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「彼は、学生でバーテンダーだ」と「彼は、バーテンダーで学生だ」は、印象が全く違う。”学生バーテンダー”は、遊び好きの大学生の匂いがする。”バーテンダー学生”は、人生を変えようとしている頑張り屋のイメージがする。順番を変える、先に何を言うかで、印象が異なる。この手口は、広告の常套手段でもある。

こういう印象操作は、必要悪ともいえる。その必要悪を求めるのは、差別化のない同質化した広告商品の存在だ。例えば、ミネラル水のクリスタルガイザーは、某スーパーマーケットの廉価なプライベートブランド同じ水源を使っている。日本のスーパーマーケットのプライベートブランドは、殆どがトップメーカーとの協働作業から生まれている。驚くことに、2004年にヒューストンで行われたコーラとペプシの目隠しテストでは、コーラ好きがペプシを選び、ペプシ好きがコーラを選んだ事件が起こった。

広告の中で、印象操作と必要悪は、永遠の愛を誓っている。良いことだけ言って、不都合なことは言わない文脈で購買を推奨する。しかし、ネット時代、広告が黙っている不都合なことを見つけ出して、みんなに伝播する風潮というか、SNSを通じた草の根のようなルートが生まれてしまった。広告にはだまされない人々が多数になった。

広告の影響力が落ちて、企業も広告への依存度が低下し、広告収入に頼っていたテレビ局や広告代理店も過去のビジネスモデルから脱却する必要に迫られている。電通の自社ビル売却の動きは、これとは無関係ではないと考える。

 

話が大きくなってしまった。手に負えないので、小さくする。広告にだまされない人に挑んだクリエイターがいた。あえて不都合なことを言う広告を作って、説得力を得ようと試みた。マックのバーガーにない美味しさを求めて直火焚きにこだわるバーガーキングならではの悩みをオープンにした。「1954年から直火焚き」と謳い、多発した実際の店舗火災をポスターに再現。話題沸騰、ネットに火をつけて、たくさんの顧客と広告賞も獲得した。

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草原のビョーク

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240万年前に人類が発祥したとされるエチオピアのオモ川流域の部族は、自然を擬態することで、美しさを競い合っている。北欧の歌手ビョークのビデオ顔負けのオシャレだ。

 

この「草原のヒョウ」を思わせる異端のファッションは、みんなを楽しませて、村で評判になる。これと同様のものが、ネット社会にも生まれている。噂を喚起するウエブ上のエンターテイメントで、ネット用語では、ブランディド・コンテンツ(ブランド力を高めるソフト)と呼ばれているもの。

 

このブランディッド・コンテンツの最高峰、レジェンドと言われているのが、2001年にデビューしたBMWフィルムの”ハイヤー(Hire)”。10分ほどの作品1本に破格の4、5億円の製作費を惜しげもなく投入した。リドリー/トニー・スコットウォン・カーウェイガイ・リッチージョン・フランケンハイマーなど一流の監督が、8本の短編ムービーを撮り下ろした。主演のクリーブ・オーエンが、ハイヤーの運転手を演じ、全編BMWが疾走するカーチェイスが凄い。

 

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紹介フィルムは、「宝石を盗られないために、飲み込んで運んでいる」と言う宝石商を街へ運ぶハイヤーが、途中窃盗団の車に襲撃されるが、追跡を振り切って街に着く。しかし、謎は残る。この他、マドンナ主演作もあり、bmwfilm検索で、YouTubeでかろうじてご覧いただけます。

 

ウエブサイト放映4ヶ月で1,100万回視聴を獲得して充分なバイラル効果を発揮した。また、4年後に1億回視聴を獲得。売上は、前年に比べ(僅かとも言えるが)12%アップの成果。キャンペーン開始3年後に、BMWの経営幹部が代わり、巨大キャンペーンの検証が行われた。総額30億円の投資に対する見返りROIが悪い、あるいはウエブサイト登録視聴者は、BMWの購買層とは全く異なる人々であることが判明し、圧倒的なクオリティにも関わらず、シリーズ終了が決定された。

 絶滅したはずの孤高のウエブ・ムービーは、”草原のビョーク”のように、20年経っても

デジタル村でひっそり生きている。

 

 

 

 

3.11

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「ぎゃ〜」人のまばらな私鉄駅のホームに騒がしい声が響いた。列車に乗り遅れた女子高校生たちの奇声だった。10年前の3月11日、乗り遅れなくて悲劇にあった小学生たちがいた。

 

スクールバスが、グルグルンという重いディーゼル音を轟かせながら、ゆっくり動き始めた。先生にせかされて乗った児童たちが、不安げに外を見ながら、無言で肩を寄せ合いながら座っていた。高台の校舎から家に着いて津波が襲うまで、そんなに時間はかからなかった。

 

被災地の幼児たちに、自由に絵を描いてもらったら、暗い灰色で画用紙を塗りつぶしていた。2ヶ月後には、カラフルな流れを描くようになっていたという心理学者の研究報告がある。苦痛を苦痛として心に長くとどめておけない、忘却の自浄作用があるのだろうという分析だ。

 

過去を振り返りたくない時に政治家は、「未来志向」という詭弁に近い言葉を使う。元に戻れない。戻れない時間の狭間で、前を向いて生きている東北人の胆力に感嘆する10年目になった。

 

10年以上前に、JR東日本の「その先の日本へ」という東北キャンペーンがあった。そのプロモーションを兼ねたスピンオフ・フィルムがあった。東北の四季の美しさが描かれ、大貫妙子さんの「美しい人よ」が流れるビデオだった。5年ほど前に見た時は、失ったものに対する悔しさで、目に熱いものを感じた。YouTubeにも掲出されていたが、自主的に取り下げられたのか、視聴できない。美に残酷あり。東北の美しい人を讃えているような、大貫さんの歌声を今は聞くしかないのが、とても残念だ。

 

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ラブレター

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買うきっかけづくりをするのが、広告の主な役割。このためには、制作者は、生活者の気持ちに寄り添い、分かってあげる必要がある。「広告は、ラブレター」と言われるゆえんだ。

 

 著名なクリエイターのデイヴィッド・ドラガの広告制作の姿勢に、人への思いが集約されている。

(引用ADWEEK 7/12 2017):

「人を気にかける」このことこそ、あなたを真剣にさせ、

一心不乱に仕事に向かわせる力になる。

人はあなたが何を気にかけるべきかなど教えてくれない。

しかし、一旦それを見つけたら、あなたはそのために学び、懸命になる。

私の人生で全てをかけたことは、「人を気にかける」ことだった。

 

「ラブレター」の書き方をドラガが示してくれた。他方、広告は売り上げを約束する「ビジネスレター」という厳しい事実もある。しかも、YouTubeで「オムレツの作り方」を見る前に「生命保険」や「消臭剤」の5秒CMを見させられる苦痛は、広告への嫌悪感を日々植え付けている。”請求書付きのラブレター”なんて誰も見たがらない。なんとか振り向かせるクリエイティブな工夫が必要になる。

 

 ”打算のラブレター”ではなく「広告と気づかれないように広告するのが、効果的である」とナチス広報官のゲッペルスが言っている。ネット時代には、パラサイトされたことを気づかせない「スティルスマーケティング」もある。

 

 しかし、広告と気づかれないようにする努力とか、消極的で姑息なことを考えなくて済むようにするには、広告を楽しんでもらえるようにすればいい。それには、冒頭から見入ってしまう「魅惑型」が、効果的。ディオールとかシャネルとか、ヨーロッパのブランド広告に多いタイプです。ペリエのCM"the drop"を見たい。

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「魅惑型」には、エンターテイメント性に富んだ「娯楽」も含まれる。マウンティン・デューの映画「シャイニング」のパロディが好例:Bryan Cranston the Shining MTN Dew

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そして、「共感型」も見入らせる効果もある。東京ガスのCM"おばあちゃんの料理”

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最後に、見逃せない「説得型」。バイラル効果を生み出す本道と言うべきか。女性基礎化粧品のダブのCM。96%の女性は、自分を美人と思っていないという調査結果に基づき、17年間も続いている好評のキャンペーン。共感を獲得し、開始8年間で、売上25億ドルから40億ドルにアップした。自分でも気づいていない自己の美しさに気づいてもらいたい、磨いてもらいたいという説得型 ダブCM"リアルビューティ スケッチ”FBIの捜索人物肖像画家が実証している。

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 ドラガの「人を気にかける」本流の先に、3つの支流「魅惑型」「共感型」「説得型」。しかし、テレビCMではなく、時間制限のないネット展開のコンテンツとして見た方がいいだろう。人を気にかけず説得失敗のテレビCMの氾濫を傍観している日常は体感済みだ。

 

 

 

 

 

タイガー

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静かな朝の喫茶店でパソコンをにらんでいた50代の男性が、「お前のレポートはちっとも面白くない」押し殺した重い声を発した。喫茶店の片隅でやるようなリモート会議では、最短距離の言葉になる。コロナは、余裕まで奪う。

 

余裕がないといえば、最近の広告も同様。驚きがない、面白くない、納得がない。情報過多のネット時代なのに、広告コンテンツに変化はない。視聴者は絶対CMを見てくれるものという前提で「うちのCMは、必ず最初の5秒以内にブランド名を出すようにしている」と言う某広告主は、自己満足のパワハラCMを制作する。喫茶店のリモートおやじと変わらない。

 

では、嫌われないスルーされないCMとは。全米自動車連盟が、全業種のCMを対象にした大規模な調査がある。テレビを録画して見る世帯をターゲットに、どのCMがスキップされるかを調べた。結果、①ビールと②薬品のCMが視聴率が高く、他はほぼスルーされた。①楽しい②ためになる、娯楽と知識の2つの要件を満たすものを視聴する傾向にあることが分かった。

ちなみに(すでに買った人しか視聴しない傾向の)自動車CMは、全業種中29位で、この調査以降、自動車CMはテレビ偏重を避け、購入検討者にアプローチするネット展開になった。

 

日本にはCM好感度調査があり、広告主の参考にされているが、CM起用タレントの人気度にほぼ比例し、必ずしもCMコンテンツの質を反映するものになっていない。(タレントがにっこり笑って、飲んで、食べるしかできない)15秒CMをメインに、商品差がほぼないものを、タレントで差別化している。このため、タレントが重宝され、90%がタレントCMになってしまっている。少し前までトヨタをやっていた木村拓哉が、日産のCMに登場する異常さを日常にしている。日本のタレントCMは、消耗品と捉えられているようだ。

 

他方、欧米ではタレントCMは、ほんのひと握り。リアリティがない、説得力がないという理由。また、予測できないタレントのスキャンダルが、ブランドを破壊するという致命的リスクを避けるためだ。

 

しかし、リアリティがなくても、羨望感を掻き立てる必然性があれば、敢えてタイガー・ウッズを起用したナイキCMが、例外としてある。15年以上続くタレントCMの理想的な展開。とは言え、超ド級の嵐があったことは多くの人々が知っている。10年前のタイガーの不倫・離婚スキャンダル。アメックスとか他のスポンサーは、火から逃げるように契約を一斉に解除したが、ナイキとタイガーの強い絆が、契約をさらに継続させた。このため、当時10万人の顧客を失い、60億円の売り上げ落ち込み(2009〜2010年)があったにも関わらず。

 

タイガーが来日した際の逸話に、ナイキも好感を抱いた人柄が表れている。高額で転売されることを懸念し「サイン禁止」を強く要請するタイガーの取り巻きを尻目に、「あなたの友達が欲しがっているんでしょ」と言いながら快くサインしてくれるいい男だったそうだ。

 

ナイキは、地に落ちたヒーロー、タイガーの人間的弱さを感じるフィルムを制作した。その頃、タイガーの父親は亡くなっていたが、生前の音声テープがあり「今、話したい気分だ。タイガー、君は何を見つけたか、何を考えているのか、何を感じているのか、何を学んだか」時を超えて、優しく語りかけている。誰でも失敗する、そのようなことを見越したような父親の声にはっとさせられた。

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タレントCMに対して、これだけの覚悟ができているナイキだから、今回のゴルファー生命が絶たれるくらいの最悪の交通事故があっても、また乗り越えて契約を継続することを希望する。ファンのみならず、米国のプロゴルファーにもタイガーは愛されているのだから。負傷のベッドにいたタイガーを励ますために、タイガーの勝負服の赤と黒のウエアをトーナメント参加の全選手が着てプレイしたことを見ても分かる。おそらくナイキとの契約は継続されるだろう。タイガーの早く、健やかな快復祈りたい。