タイガー

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静かな朝の喫茶店でパソコンをにらんでいた50代の男性が、「お前のレポートはちっとも面白くない」押し殺した重い声を発した。喫茶店の片隅でやるようなリモート会議では、最短距離の言葉になる。コロナは、余裕まで奪う。

 

余裕がないといえば、最近の広告も同様。驚きがない、面白くない、納得がない。情報過多のネット時代なのに、広告コンテンツに変化はない。視聴者は絶対CMを見てくれるものという前提で「うちのCMは、必ず最初の5秒以内にブランド名を出すようにしている」と言う某広告主は、自己満足のパワハラCMを制作する。喫茶店のリモートおやじと変わらない。

 

では、嫌われないスルーされないCMとは。全米自動車連盟が、全業種のCMを対象にした大規模な調査がある。テレビを録画して見る世帯をターゲットに、どのCMがスキップされるかを調べた。結果、①ビールと②薬品のCMが視聴率が高く、他はほぼスルーされた。①楽しい②ためになる、娯楽と知識の2つの要件を満たすものを視聴する傾向にあることが分かった。

ちなみに(すでに買った人しか視聴しない傾向の)自動車CMは、全業種中29位で、この調査以降、自動車CMはテレビ偏重を避け、購入検討者にアプローチするネット展開になった。

 

日本にはCM好感度調査があり、広告主の参考にされているが、CM起用タレントの人気度にほぼ比例し、必ずしもCMコンテンツの質を反映するものになっていない。(タレントがにっこり笑って、飲んで、食べるしかできない)15秒CMをメインに、商品差がほぼないものを、タレントで差別化している。このため、タレントが重宝され、90%がタレントCMになってしまっている。少し前までトヨタをやっていた木村拓哉が、日産のCMに登場する異常さを日常にしている。日本のタレントCMは、消耗品と捉えられているようだ。

 

他方、欧米ではタレントCMは、ほんのひと握り。リアリティがない、説得力がないという理由。また、予測できないタレントのスキャンダルが、ブランドを破壊するという致命的リスクを避けるためだ。

 

しかし、リアリティがなくても、羨望感を掻き立てる必然性があれば、敢えてタイガー・ウッズを起用したナイキCMが、例外としてある。15年以上続くタレントCMの理想的な展開。とは言え、超ド級の嵐があったことは多くの人々が知っている。10年前のタイガーの不倫・離婚スキャンダル。アメックスとか他のスポンサーは、火から逃げるように契約を一斉に解除したが、ナイキとタイガーの強い絆が、契約をさらに継続させた。このため、当時10万人の顧客を失い、60億円の売り上げ落ち込み(2009〜2010年)があったにも関わらず。

 

タイガーが来日した際の逸話に、ナイキも好感を抱いた人柄が表れている。高額で転売されることを懸念し「サイン禁止」を強く要請するタイガーの取り巻きを尻目に、「あなたの友達が欲しがっているんでしょ」と言いながら快くサインしてくれるいい男だったそうだ。

 

ナイキは、地に落ちたヒーロー、タイガーの人間的弱さを感じるフィルムを制作した。その頃、タイガーの父親は亡くなっていたが、生前の音声テープがあり「今、話したい気分だ。タイガー、君は何を見つけたか、何を考えているのか、何を感じているのか、何を学んだか」時を超えて、優しく語りかけている。誰でも失敗する、そのようなことを見越したような父親の声にはっとさせられた。

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タレントCMに対して、これだけの覚悟ができているナイキだから、今回のゴルファー生命が絶たれるくらいの最悪の交通事故があっても、また乗り越えて契約を継続することを希望する。ファンのみならず、米国のプロゴルファーにもタイガーは愛されているのだから。負傷のベッドにいたタイガーを励ますために、タイガーの勝負服の赤と黒のウエアをトーナメント参加の全選手が着てプレイしたことを見ても分かる。おそらくナイキとの契約は継続されるだろう。タイガーの早く、健やかな快復祈りたい。