恐れを知らない

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その男は、ボルクスワーゲンの安全性を謳うCMで、安全というならスペック通りの事実に沿って証明したいと、生身の人間に運転させ、撮影上の仕掛けなしに、実際の衝突シーンを撮影した。出演者の事前承諾は得ているとはいえ、普通なら、二人の巨額の生命保険を払う前に周囲が止めただろう。

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また、このCM撮影はボルクスワーゲンにとっては、死亡補償金以上に、企業イメージを損なうリスクもあった。企業の上層部は、このことを問題視し、今後のボガスキーとの仕事を禁じた。しかし、広告部の女性の部長は、彼を辞めさせるなら、自分も辞めると言って、ボガスキーを擁護した。結果、迫真のCMを残して、二人とも去ることになってしまった。

 

その恐れを知らない男は、人生で8つの肩書きを持っている。「デザイナー」「マーケター」「クリエイティブ・ディレクター」「クリエイティブ・エンジニア」「ポストモダン・メディア・マニュピュレーター(執行プロデューサー)」「起業コンサルタント」「放送作家」「新消費者運動推進者」、彼の名前は、アレックス・ボガスキー。

 

現在は、”恐れを知らない(FearLess)”というミレニアム世代対象のデジタルメディア・エージェンシーを設立し、クリエイティブ・コンサルタントから起業への道筋をつけ、コンセプトから制作、メディアプランニング、成果検証まで、ワンストップのフルサービスで、社会派キャンペーンを展開している。アルミ製より軽量で強靭な竹製自転車も手がけたり、ボーダレスな行動力が注目を集めている。

 

アドウイークの”2000〜2010年を代表するクリエイティブ・ディレクター”に選出された彼の作品を列記しても意味がない、既知の事実である。例えば、(動画なしでも、きっと分かっていただける)バーガーキングの”サブサービエント・チキン(従順なチキン)”では、対戦型ゲームの双方向アルゴリズムを使って、視聴者の「サルサを踊れ」とかの気まぐれリクエストに24時間瞬時に応えるウエブサイトで、3億8,700万ヒットを記録、バーガーキングの売り上げを25%アップした。2004年のオンライン前夜に、制作スタッフ全員が、友人や知人にサイト拡散を依頼して成果をあげたという苦労話も聞かれた。

 

彼を印象付けているのは、チキンではなく勇気ある社会派キャンペーンを行なったことだ。ボルクスワーゲンのCMと同じ2006年に、1日の肺がん犠牲者1,200の死体袋をタバコ会社の前に置いて、その反応を映像にしたジャーナリスティックな”THE TRUTH”と名付けた告発ウエブムービー:

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とどめは、業界を震撼させたアンチ・コカコーラのCM。2012年にコカコーラのためにシロクマのキャラクターを生み出し、好感度をアップさせて成功した:

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しかし、2013年に、コカコーラを思わせる飲料に含まれる糖分の過剰摂取による肥満、糖尿病の危険にさらされている新たなシロクマのキャラクターCMを発表した。このアンチ・コカコーラの広告は、制作者がスポンサーを裏切るものとして、業界を二分した。半分のクリエイターが(事実に正直になるべきだと)共鳴し、半分が(クライアントに反旗を翻すのは許されないと)批判した。この後、ボガスキーは業界から半ば追放された形になった。

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2014年、彼は、社会派エージェンシーFearLessでスピンアウトした。 「アレックスって、誰だ?と自問したい」「どこにも属さず、多元的に、文化の良心的逃亡者を楽しんでいる」と彼は言う。

 

ボガスキーのような360°のデジタル才能を、今日の日本の広告会社は実は求めているように思われる。しかし、彼は言う「これからの生活者と企業の新しい関係では、透明性、持続性、民主的、そして協働が求められる」。この前提なく360°のデジタル才能を求めても、二人目のボガスキーは現れないだろう。