拍手は弾丸になる

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 寺の名は、興国寺。短い参道から色んな形の墓石が見えた。外人墓地のようにも見え、興味半分で、墓地に足を踏み入れた。ふっと風が流れ、背中がゾワっとしたが、それよりも、手前の墓標「喝采抵抗子」が気になった。そして、墓石に赤い紐で結びつけられた塔婆、なんだろうと思った。

 

本堂側にある家の呼び鈴を鳴らした。出てきたお坊さんに聞いてみた。「私どもは、思いを遂げられなかった魂を供養させていただいる鎮魂寺です。檀家さんの鎮魂のお気持ちが、あのような墓標にされたと聞いております」「6尺の赤い紐づけの塔婆は、縁起物で、檀家さんの悲しみが綴ってあります」。

 

こうなったら、縁起塔婆を読みたくなった。小さな字で書いてあった「30人くらいの広告・広報の社員が集まった公開プレでの話。解らないことがあったら途中で質問するよう促した部長の一言でプレ開始。しかし、プレ中の反応は皆無。プレが終わり一礼した瞬間、バンバンバンと部屋の後ろから弾丸が飛んでくるような音がした。席から立ち上がった白髪の社員の拍手だった。しかし、周囲の社員は、無表情、無視していた。帰社途中、謎の拍手について営業に尋ねた。『あの方は、今日定年退職される方です。オリエン否定の”ちゃぶ台返し”のプレをされたことで、賛同されたんでしょう。部長への反抗の拍手でしょうね』」。プレは当然落ちた。名も知らぬ退職社員は、所属長からねぎらいの言葉をかけてもらって、会社を後にしたかったと思うが、最後の抵抗を、誰にも止められない拍手で行った。拍手の狙撃手へ、そして一石を投じた没広告への鎮魂として寄進する」。

 

明日もここに来たいと思い、振り返ったが、その寺は見えなかった。

                                        ※事実に基づいたフィクションです