少し狂ってないと、生きられない①

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結婚しても自分の姓を続けたいという自由意志が、最高裁で再度否定された。性の自由を認める「LGBTQ」法案も、国会で「こんなことを認めると、裁判沙汰が多くなる」という言葉で見送られた。国際的には「これからは、多様性の時代」と、政治家が同じ口で言っている。同調圧力が強い国は、マイノリティに強く当たるようだ。

 

一方、マイノリティを讃えた、有名な広告キャンペーンがある。「これは、異端児へ捧げる」詩のような言葉から始まるテレビCM、AppleのThink Different。しかし、この凄いコピーを書いた人は誰なんだろと、前から気になっていた。色々な人に聞いても「リー・クロウでしょ(知らんけど)」という感じだった。今回、調べてみた。

 

「世界の20%のシェアしかないAppleコンピュータを愛して、使ってくれているマイナーな人々に感謝する広告を」というスティーブ・ジョブズの言葉から始まったと、ジョブズ監修,認定の”Steve Jobs"の筆者ウォルター・アイザックソンが書いている。私たちはこれを信じていた。しかし、どうも違っているようだ。

 

事実誤認があると指摘したのが、リー・クロウと一緒にジョブズに対応したクリエイティブ・ディレクターのロブ・シルタネンRob Siltanen。彼は、TBWA/Chiat/Dayで、米国NISSANの仕事を主にしていたトップ・クリエイターだ。全てのアイデア、コピー、ラフを時系列で保管しており、それらを元に事実誤認を指摘している。(認定本に記述されているように)「同僚の意見を否定しておいて、3日後に自分のアイデアのように言う」ジョブズよりも、エビデンスで、実証するシルタネンに耳を傾けたい。以下、彼の主張をForbesから引用する。

 

話は、仕事発注時にさかのぼる。名作"1984"を制作したクロウは、約10後の1997年にAppleに復帰したジョブズから新しいキャンペーンを依頼され、興奮していた。ジョブズの腹心の友を自認するクロウは、「もし、他の広告会社との競合なら、彼の顔にパンチを食らわせてやるぞ」と言って、Appleに乗り込んだ。迎えてくれたジョブズは、”10年分の熱いハグ”をクロウにするわけでもなく、極めてビジネスライクだった。ジョブズは「Appleは、想像していた以上に経営が悪化している。大量の出血をして瀕死の状態だ。難局を切り抜けるために、片手で数えられないほどのエージェンシーと既に会っている。そして、数社からいい感触も得ている」とクールに言った。

 

「今回のキャンペーンは、テレビは使わないつもりだ。街を埋め尽くす大型ポスターでいく」とジョブズが言った。「オフィスのウオーター・クーラーの前で、同僚とポスターの話題はしないでしょう。テレビを使わないで、強いキャンペーンは出来ない」と、シルタネンは言った。「それじゃあ、その強いものを見せてくれ」とジョブズは言って部屋を出た。

 

シルタネンが「話が違いましたね」とクロウに言うと、「私は、気持ちを切り替えた。もしこのプレに勝てば、凄い事になるぞ」とクロウは、既に前向きに捉えていた。社内に4チーム作ったが、担当者が多くてもいいアイデアは出ない。そんな中、日産を一緒にやっている部下のクレイグ・タニモトのアイデアコンテが秀逸だった。モノクロの画面に、アインシュタイン、エディソン、ガンディなど、革命的、革新的な人物が居並び、ポスターの上部に、レインボウカラーのAppleロゴがあった。コピーは”Think Different."。我々が街中で目撃し、感動したポスターと、ほぼ同じと言ってもいい。以下は、十数点のポスターの一例:

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異端児が登場する"THINK DIFFERENT"

 シルタネンが、タニモトに聞いた「何故、Think Differentなんだ?」「IBMが、"Think IBM"とやっているので、対抗するAPPLEは、"Think Different"でしょう」と彼は、極めて明快に答えた。

(世紀のキャッチ・フレーズを考えたのが、コピーライターでなくデザイナーであり、日系クリエイターであったことも、作者不詳にしているのかも知れないが、手記で、シルタネンがクレジットを明確にしている)。

 

考えを刺激し、誘発するポスターのアイデアは、クロウも大変気に入った。次にこれをテレビCMに展開するための”コンセプト・ビデオ”に着手した。クロウが、黒人歌手のシールSeal(冒頭写真)の"Crazy"という楽曲が、ピッタリだと言った。"少し狂ってないと、生き残れないWe're never going to survive unless we get a little crazy."という歌詞が特にいいということで、ジョブズに見せるビデオに使った。

Seal's "Crazy"

www.youtube.com

 

単身で乗り込んで行ったクロウからプレを受けたジョブズは、このビデオを見て興奮したようだ。(→次号へ)

 

参考資料: 

・Rob Siltanen "The Real Story Behind Apple's 'Think Different' Campaign"Forbes.com

・ウオルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ講談社 2011/10/24