少し狂ってないと、生きられない③

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Jobs' Porshe 911


Think Differentのキャンペーンは、4人の著作者がいた。

・キャッチフレーズとビジュアルは、クレイグ・タニモト

・Seal"Crazy"「少し狂っていないと、生き残れない」にインスパイアされた

コンセプトは、リー・クロウ

・映画「いまを、生きる」にインスパイアされたボディコピー・イメージは、

ロブ・シルタネン

・ボディコピーは、ケン・セガール

 

(ウイキペディアには)上記4人のクレジットはない:

・原案:スティーブ・ジョブズ

・製作総指揮:スティーブ・ジョブズ

 

 ジョブズと一戦を交えたシルタネンは、ジョブズは一言では言い表せない「芸術家ミケランジェロと、バウハウス様式を完成させたデル・ローエと、自動車王ヘンリー・フォードと、テニスプレイヤーのジョン・マッケンローと、イタリアの政治家マキャヴェリを足して、ようやくジョブズになる」と言った。厳格で、目的のために手段を選ばず、世界を変えた不世出のわがままな天才と言う人物像らしい。しかし、「いやあ、実は、誇張されているだけで、座禅を組んだり、普通の人ですよ」と言われるより腑に落ちる。

 

Appleの駐車場の身障者用駐車スポットが、ジョブズの黒いポルシェ911専用になっていたので、本人に注意すると、「あそこは、近くていいんだ」と意に介さなかった。ジョブズが嫌う物の一つに車のナンバープレートがあった。カリフォルニア州の特別ルールで「購入6ヶ月以内なら、ナンバープレート不要」だったので、6ヶ月間のリースで新車にし、ナンバープレートのないポルシェに常に乗っていた。

 

 このわがまま男が、数社に声をかけて、競合プレを仕掛けたが、広告業界の全ての人々が予測したように、10年来のパートナーTBWAのリー・クロウに広告を依頼して、元の鞘。競合プレに参加したTBWA以外の広告会社は、噛ませ犬で、被害者のはずだが、怒りも悲鳴も聞こえてこなかった。被害者の一人であるグッドビーのパーティ談話(伝聞)は、以下に。

 

ジョブズを2時間待っていた。ジョブズの腹心リー・クロウ相手に勝てるわけがない、敗戦が決まっているプレに参加したのは、ジョブズに会いたいとの一心だった。さっきから、予習してきたデータをもっともらしく説明するマーケティング・スタッフにイライラしていた。

 

お昼前、ようやくドアが開き、ジョブズが姿を現した。憧れのヒーローに出会った子供のように、有名な牛乳キャンペーンを手がけたCDジェフ・グッドビーと、世界のアカウント・プランナーの先導者ジョン・スティールの心拍数が上がった。

 

二人の顔を見て「彼らの話には退屈しただろう」と言って、プレの説明をし始めた。「世界には、一握りのAppleファンがいる。マイナーブランドに価値を見出してくれている人々に感謝するメッセージを送りたい。どんな戦略がいいか、あなたのエージェンシーの経験で役に立つと思われる成功事例を提示して欲しい」。さっきの2時間は何だったのか。15秒の"エレベーター・トーク"より、少し長めのオリエンテーションだった。マーケティング・スタッフを見ながら「こいつら、馬鹿だから」と言って、ジョブズは席を立った。情報をスタッフに流通させないで、スタッフを責めるワンマンに誰も逆らえなかった。

 

後日、プレをした時には、マーケティング・スタッフは姿を消していたそうだ。現在のティモシー・クックCEOのAppleで、マーケティング部は復活したが、ジョブズがいた20年間は、ジョブズの頭が、マーケティング部だった。

 

ジョブズの”マーケティング”は、ガッツ・フィーリングで、鋭い感性から発するものだった。彼の発想パターンを見ていると、「不満思考法」と言われるものに近かった。ここが足りない、あそこを変えたいという不満から、新商品が実際生まれている。カンヌ広告祭の受賞常連の広告会社BBDOが編み出した不満と処方箋を体系化した思考法でもある。

 

ジョブズAppleを去った後の10年間は、BBDOに広告を依頼した。Appleのスタッフは、ジョブズに近いマーケティングを、広告会社に期待したのだろうと推察する。しかし、ジョブズの”ガッツ・マーケティング”抜きでは、業績は右肩下がりになってしまった。

 

マーケティングに発見がないと言われて久しい。AdAge誌によると、AI化が拡張するアメリカで、一番失業するのはマーケターだと言われている。しかし、人は二進法では動かない、人は迷い、回り道をし、分析し、工夫し、解を見つける。デジタル・エンゲージメントという「検索数」は獲得しても、このヒューマン・エラーの過程をデリートしたコンピュータ・マーケティングは、果たして人に届くのだろうか。

 

参考資料: 

・Rob Siltanen "The Real Story Behind Apple's 'Think Different' Campaign"Forbes.com

・ウオルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ講談社 2011/10/24