死ぬには、もってこいの日だ③

 

f:id:qualitypoint:20210803153043j:plain

man ray


蛇に噛まれた夢を見た。ベッドから飛び上がり、激しく落ちた。脳が揺れたせいか、2、3日偏頭痛がした。「死ぬには、もってこいの日だ」の余波だろうか。

 

ある人から「どうして、ADのわがままを許したのか」というもっともな質問をされた。私が、ADのわがままの被害者と映っていたようなので、誤解を解きたい。

 

ADのわがままの先にあるアイデアを、私は求めていた。ADのわがまま、狂気は問題ではなく、アイデアを得るための通過点として覚悟していた。

 

人を傷つけようが、マン・レイを一心不乱に追いかけるADに、クオリティのある”心象風景の時計”を追いかけている姿を見ていた。

 

むしろ、クライアントとの距離感に苦慮していた。普通なら、クライアントの側にいて、生活者の意見を解釈しながら進めればいい。しかし、今回は「今までにないもの」を求められている。しかし、クライアントの担当者には、形状記憶のテンプレートがあり、ともすれば「今までのもの」を求めていた。東へ行きながら、西へも行けと言われていた。「死ぬには、もってこいの日」ではなく、うかっかりしていると、無駄死にする日になった。

 

「ちょっと、大人になって」とか「「落とし所を考える」ことはできたが、クライアントのマウンティング欲求を、拒否した。これが、私の欠陥、失敗、犯罪だった。

 

担当営業に懇願されるか、外されるか、何度も経験したパターンを繰り返していた。しかし、日本では、何故”クライアントは神様”なのか。

 

欧米の広告会社は、売上アップなどの広告効果を約束する数値契約を結んで、制作にかかる。広告会社は、モニター調査のエビデンスを根拠に、生活者の需要を喚起する広告づくりをする。しかも、一業種一社の広告会社とクライアントの利害が一致し、フィフティ・フィフティの協働関係ができあがる。

 

言わずもながのことだが、クライアントと広告会社の信頼関係が、良質の広告を生んでいる。他方、制作チームが良いのに、悪い広告が生まれる理由は、2つ。クライアントのマウンティングと、社内ヒエラルキーだと思う。「俺の言うことを聞け」と「あの人の言うことを聞け」の二言が、全ての景色を悪くしている。

 

信頼関係にないクライアントのわがままと比べれば、ADのわがままなんて、かわいいもんだ。

 

 ーーーーーーーー                  ※事実に基づいたフィクションです

アメリカでは「俺の言うことを聞け」のエピソードを映画にしている。'60年代の広告業界を描いたTVシリーズの”マッド・マン(MAD MEN)”で描かれていた。

 

しかし、”俺の言うことを聞かなかった”没広告が、60年後に実際に蘇って、再現される珍事があった。

 

下のビデオでは、主役のプレゼンターが、フレンチフライやハンバーガーの絵を見せて「ここに必要なコピーは、とてもシンプルです。"PASS THE HEINZ(ハインツを回して)"というコピーでしょ」と言って、ポスターのプレをする。

 

ところが、クライアントは「いや、ハインツ・ケチャップと書いてないと」「ケチャップのボトルがあれば、わかりやすくなる」と抵抗する。「いや、今や、”ハインツ”と言えば分かります」と反論するが、没。

www.youtube.com

このエピソードに目をつけて、2020年に、街中でポスター展開。報道各社が、映画を観ていなかった人向けに解説し、興味を喚起。55億円のメディア掲載効果を獲得したバイラルなキャンペーンになった。

f:id:qualitypoint:20210802001050j:plain

良い広告が、良い広告として評価されれば、次の良い広告を生む。この循環を望みたい。

二言のキラーワードがなくなって、良い広告が「生きるには、もってこいの日」になってほしい。