失ってはいけないもの

(広告で生まれた「愛」)

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前号で「広告は愛だ」と書いた。思わず引いた人もいただろう。

 

愛とか、幸せとか言っているのは、関係が壊れそうになった夫婦くらいだ。普通に言う人がいたら、胡散臭い。

 

愛や幸せは、ちょっと手を伸ばせば届く安易な場所には置かれていない。

 

歳をとることは、苦渋と屈折を重ねることだと言う人もいる。ましてやコロナ禍だ。人は、紆余曲折の人生を送っている。愛とか幸せが見えるのは、父親の肩車の上や、公園のブランコの上だけかもしれない。

 

えがたいものを手に入れる難しさをあるフランス人が言っている「愛は愛し合うことだけではない。愛の周りにあるすべてのことを含めて、愛だ」。巡り合った人が持っている「痛み」や「苦しみ」や「悲しみ」も分け合って、初めて愛が生まれると語っている。

 

また、ひとりひとりが体験する愛は、スタートラインに立ってヨーイドンでは始まらない。愛のスピードには、個人差がある。片方だけがフライングスタートしてしまう思い込みの愛もある。

 

違う速度で、違和感を理解したり、誤解したり、昇華したりして、愛は進行する。また、消滅もする。愛は、パッと生まれても、すぐ育たない。時間がかかる。細やかな情感とか思いやりが必要だ。

 

しかし、広告は、この厳しい現実を、忘れさせてくれる。ファーストフードのように、ほんの2、3分で、愛を目の当たりに見せてくれるのが、広告。

 

愛の紆余曲折をはぶく、広告は省略の名人だ。それらを象徴的にあるいは心象的に描く。ラコステの愛は、”人生は美しいスポーツだ”というフレーズで表現している:

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 スターバックスの愛は、違った形で展開する。トランスジェンダーした男女は、名前を人に示すだけで差別を受ける。ここに、救いの手を差し伸べたいとスターバックスは考えた。今の自分を正しく表現してくれる名前を登録・表示するQRコードを開発。人を守ってくれる優しい思いやりをスターバックスの「愛」と呼びたい。

www.youtube.com 「愛」を思うとき、古くてもどうしても見逃せない。本田宗一郎へのオマージュを捧げたいと思った英国ワイデン&ケネディのCDから生まれた。(同僚にからかわれながら)デスクに山のように置いた本田宗一郎の伝記や記事に、没頭し、読破してこのCMを企画制作した。人の心まで動かすエンジンに情熱を注いだ本田宗一郎の「仕事愛」を描いている。

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 愛が、存在しない空間や時間はないはずだ。でも、いつも何かに邪魔されている。広告は失ってはいけないものを見せてくれる。