小説を乱読していて、ふと思ったことがある。
たいてい何かを失くした主人公がいる。
プライドだったり、友情だったり、愛情だったり、権力だったり。それらを取り戻そうとして、あがき、もがく、背を向けるなどが、描かれていたり。
心の闇の深さが描かれ、物語が深まる。しかし、とどのつまり、紙くずのようなプライドだったりする。
一方、失ったものの物語ではなく、得られるものの物語が、コマーシャルである。
すこやかなコミュニケーション。小さな良い話が展開する。全て「イエス」から発する。
しかし、まれに「ノー」から発するコマーシャルがある。
「ノー」から入ると、話は長くなる。しかし、ウエブ時代、時間はある。
否定を超える愛
否定形から始めると、物語が深くなるような気がする。広告が小説になる。人が好きになる。