毒づく男

Alien3

 

映画「エイリアン3」の打合わせが熱をおびていた。

 

”エイリアン”は、リドリー・スコットが大ヒットさせ、タイタニックなど特撮得意のジェームス・キャメロンが引き継ぎ、さらにヒット。

 

集客力のあるソフトだから、3作目をつくりたいというのが、スタジオの意向だった。しかし、もはや、大ヒットは望めない。だから、CGや特撮の製作コストを抑える。(巨匠のように贅沢やわがままを言わない)若手監督起用で、指示通りやらせて、コストダウン、収益確保を狙う。

 

この作戦は、うまく行かなかった。まず、脚本・監督のビンセント・ワードが怒りの降板。そこで、映画を撮りたがっていたCMディレクターのデイビッド・フィンチャーを起用。しかし、彼は、お仕着せの脚本が気に入らなかった。新たに9人の脚本家をたてて会議室は戦場に。脚本がやっと決まった。今度は、露骨なコストダウンに、製作スタッフが次々と反乱。

 

最後は、プロデューサー権限で、フィンチャー監督を抑え込んで撮影強行。結果、映画批評は、最悪。「プロデューサーは、私をまったく信用してくれなかった。私以上にこの作品を嫌って、憎んでいる人間はこの世の中にいない」とフィンチャー。このあと、彼は、次回作のためにマネジャーが集めてくる脚本は目に入らず、仕事を長い間休んだ。

 

2度と映画の仕事はこないだろう。CMとミュージックビデオ製作に戻ろうと思っていた。

 

ふり返ってみると、8歳で買ってもらった8ミリカメラで育った映画少年だった。そして、8歳のとき観た「ブチキャシディ&サンダンスキッド」に感動し、カメラのレンズを磨きながら映画監督になることを決めた。

 

ジョージ・ルーカスの隣家に住んでいたこともあり、映画関係の親を持つ子供たちがたくさんいて、映画スタジオのさまつな”トリビア”にはこと欠かなかった。「映画の完成までだいたい4ヵ月くらいかかっている」「主役にはスタントマンがいて、高いところから落ちたりする」「顔のアップになるときは、照明を変えるので、2時間くらい休憩をはさむ」などの話を、鼻の穴をふくらませて聞き入っていた少年だった。

 

勉強は、映画より好きではなかった。映画館の映写係とか、皿洗いとかしながら高校を卒業。プロダクションやスタジオ勤務を経験し、雑多な知識で頭をふくらませていった。ルーカスの撮影でカメラマン助手で雑用する頃には、一人前の”叩き上げ”になっていた。

 

「今までにないことをして、新しい自分を創ってほしい」というマドンナ、ポーラ・アブドゥール、ジョージ・マイケルなどの願望に、彼の意欲的なプレゼンテーションが、刺さった。

 

スターウォーズ」や「インディジョーンズ」をやった”実績”とか、(やったことがないけど、やりたい)撮影ノウハウの知識を、これでもかというくらい披露。突っ走るフィンチャーのバスに、みんな乗った。

 

最多53のミュージックビデオで、初めて映画監督になった人。この名声で、テレビCMのオファーも獲得し、プロダクションを設立し、スパイク・ジョーンズなど9名のディレクターが参加した。

 

「私は、”アンチ商業主義”のCM監督だ。人が商品を持って薦めるCMは、いっさいやらないと決めている」とフィンチャーは社長宣言。日本では成立しないTVプロダクションPROPAGANDAが誕生した。

the Girl with the Dragon Tattoo

フィンチャーは、「セブン」ファイトクラブ」や「ドラゴンタトゥーの女」など、強烈な作品を世に出している。しかし、育った畑が違う。”カルト映画”ファンに支持されているだけで、ミュージックビデオ出身の監督は、ハリウッドでは異端児だと言われていた。

 

ハリウッドの彼に対するアタリはきつかった。映画「スパイダーマン」に監督指名されず、フィンチャーはプレ参加。”弱った中年のスパイダーマンが、悪と戦う共感ドラマ”をプレ。”B級ポップコーン映画を、ヤツは、わかってない”と即落選。サム・ライミに決定した。

 

しかし、フィンチャーは負けていない。ケーブルTVのHBOとはお互い譲らず、予算でケンカ別れした。「私は、毎日50の妥協をしていると思っている。ところが、人々が私の前に現れて”どうして、折り合いをつけようとしないんだ”と言う。そもそも、私が妥協しないのなら、あなたと会ってはいない」とフィンチャーは思う。

 

フィンチャーを見ていると、”怒りは、エネルギー”というジョン・レノンの言葉を思い出す。

 

フィンチャーの監督スタイルは、徹底した調査から始まり、スイス時計のような精巧さで撮影プランを立てる。だから、ディテールにこだわり、ゆずらない。彼は言う「一つのシーンを撮るのに、何百という方法があると、人は言う。私は、二つしかないと思う。その一つは、間違った方法だ」。

 

フィンチャーの分析では「映画には、大きく分けて二つのタイプがある。一つは、キューブリック・タイプで、観客を”目撃者”にする。もう一つは、スピルバーグ・タイプで、観客を”参加者”にする」。本人は「私はどちらでもない」と言うが、彼のカルト映画は、どう見てもスピルバーグの参加型ではないと思う。

 

「世の中、真っ直ぐな人はいない。どこか折れたり、曲がったりしている。そんな人々のゆがみを写し込んで私の監督脳はできている」フィンチャーが、スピルバーグにはできないことをやっている理由だ。

 

「ハリウッドは、何かにつけて芸術作品を作れと言うが、”20世紀フォックス”の商業主義のロゴが冒頭に入っていて、何が芸術作品だ」と反逆児は毒を吐く。

 

フィンチャーのCM集:敬愛するリドリー・スコットの「ブレードランナー」や、大好きなマイク・ニコルズの「卒業」とかをオマージュしている。冒頭には日本のみオンエアのコークのCMが集録、ナイキをメインに多彩だなと思いながら、”アンチ商業主義”を楽しめる。

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「私が何をしたいのかを知るのが、監督としての仕事だ」と、今日もフィンチャーは脳の血管をパンピングしている。