(→前号同様、シルタネンの手記を引用する)
クロウからプレを受けたジョブズは、ビデオがとても気に入ったようだった。
「これは、素晴らしい。とても素晴らしい。でも、これは、採用出来ない」とジョブズは言った。「Appleのロゴの下に天才たちを並ばせるなんて出来ない。世間から”エゴイスト”と呼ばれている私を、マスコミが血祭りにあげるだろう」と続けた。
会議室は、静まりかえった。クロウは、代案を持っていないことを悔やんだ。次の瞬間、ジョブズが大きな声で「私は、何を言ってるんだ。これは、正しいことなんだ。明日、これらを進めるための話をしよう」と言った。
次回のミーティングでは、懸念していた通り、ジョブズは、シールの楽曲"Crazy"がとても気に入っていた。特に"少し狂っていないと、生き残れない”の歌詞にぞっこんだった。ミュージック・ビデオを、60秒のCMにすべきだと主張した。幾度も、5分のビデオを1分にしても良くならないし悪くなると、クロウと合流したシルタネンが説得したが、聞く耳を持たなかった。
ジョブズの関心をそらせるために、シルタネンが、今回のCMのヒントになると思っていた映画「いまを生きる(Dead Poets Society)」の台詞をジョブズに紹介した。「あの映画は観たし、主演のロビン・ウイリアムスとは友達だ」とジョブズは答えた。映画からインスパイアされた箇所をCMのナレーションにしたビデオを、翌週提示することを約した。
モーニング・コーヒーをオフィスで飲む日を続け、ナレーションを完成させ、ビデオに仕上げた。
"Think Different"の背景にある「人と違うことは、いいことだ」というコンセプトが、表現されていると思った。少数のAppleユーザーはもとより、大多数の人々にも共感してもらえる自信もあった。ビデオを見た同僚の「鳥肌が立つ」という感想にも、シルタネンは勇気づけられた。
ビデオが終わるのを待ちかねていたかのように、ジョブズの怒りが炸裂した。「最低、劣悪、よくこんなものを持ってくるな。広告会社のマスターベイションだ」「あの映画を圧倒する作品を書いてくると思っていたが、なんだ、これは、クズだ」と畳みかけた。ジョブズの迫力に押されて、クロウは「気に入らないようだから、引き下げる」と言った。「『いまを生きる』の脚本家か、本物のライターをここへ連れてこい」と、ジョブズは、怒鳴った。シルタネンが反撃した「あなたは、私の作品を好きじゃないみたいだが、これは、ゴミでもクズでもない」。これがこのプロジェクトにおける、シルタネンの最後の言葉になった。「いや、クズだ」ジョブズの言葉がトドメを刺した。
以前ジョブズと仕事し、当時は他の広告会社にいたケン・セガールが、クロウの部屋に招き入れられた。数日後、セガールは、シルタネンのオフィスに出向き「たくさんの作品を見たが、あなたの"Crazy Ones”のコピーが一番だと思う。修正して完成したい」と申し出て、彼の承諾を得た。
コピーを完成し、CMのナレーターの件になり、(シルタネンが以前希望していた)ロビン・ウイリアムズが最適となり、折衝した。しかし、ジョブズの広告であろうが、なかろうが、いかなる広告にも出ないと断られ、二番手のリチャード・ドレイファスになった。一方、クロウは、ジョブズ自身をナレーターに希望し、録音までしたが、「これこそ、自己満足だ」と、スタッフ全員に反対されて没になった。
以下は、左に完成形のCMナレーションと、右にシルタネンの最終稿を併記した:
これは、異端児へ捧げる これは、異端児へ捧げる
周りになじめない人がいて 周りになじめない人がいて
反抗する人がいて 反抗する人がいて
問題を起こす人がいて 問題を起こす人がいて
四角い穴に丸い鋲があって ここに、世界を違って見る人々がいる
物事を違った方向から見る人がいる 彼らは、発明し、想像し、創造する
彼らは規則やルールが好きではない 彼らは、人類を前へ進める
権威には無頓着で敬意を払わない
(中略)
そして、世間に奇人だと思われている人の中に 彼らをクレージーだと見る人がいて、
私たちは天才を見出すことがある 天才と見る人がいる
世界を変えられると思うくらい 世界を変えられると思うくらい
異常な人々ゆえにそれができる 異常な人々ゆえにそれができる
Think Different Think Different
2点は、大きく違わない。しかし、シルタネンが認めるように、左のセガールのコピーの方が、「四角い穴に、丸い鋲があって」など絵になる言葉があり、こなれている感じがする。 また、シルタネンが、韻を踏んだ重い言葉の連続「彼らは、発明し、想像し、創造する」に、安易な予定調和の「彼らは、人類を前へ進める」の言葉が続く。これらに、ジョブズは、敏感に反応したのではないか。普通の人々を置き去りにする、独りよがりな陶酔感を嗅ぎ取ったに違いない。怒りの地雷が炸裂した。
幾度もご覧になったCMですが:
このCMは、ジョブズ復帰の待望の広告であり、"Think Different" が、ファンのアップル心を高揚させた。一方、世界の反応は手厳しいものだった。Los Angeles Times「死んだ人々を出すアップルのキャンペーンは、ブランドが死んでいく様子をよく表している」。手厳しい批判にも関わらず、1年以内に、Appleのブランド価値が再認識され、株価はジョブズ効果も手伝い、3倍になった。さらに、iMacの投入に始まる新製品ラッシュで、V字回復を果たした。
このシルタネンの手記は、ジョブズ没後の2011年12月に守秘義務期間が解けて、公表された。アイザックソンの著書の"Think Different”の章の事実誤認を指摘するのが目的で、ジョブズを批判しているわけではなく、「ジョブズの情熱、指示無くして成立しなかったプロジェクトだった」と彼の貢献を讃えている。
参考資料:
・Rob Siltanen "The Real Story Behind Apple's 'Think Different' Campaign"Forbes.com
・ウオルター・アイザックソン「スティーブ・ジョブズ」講談社 2011/10/24