頭はスポンジ、ペンはアンテナ
好きと嫌いが、あいなかばする人がいる。
好きでもない嫌いでもない、普通そういう人は、気にもならなくて記憶から消える。それでも、少し気になる人が、監督、脚本家、俳優、プロデューサーをこなすクエンティン・タランティーノ。
タランティーノの映画は、”暴力が幸せを呼ぶような仕組みになっている”。だから、バイオレンスの高揚感が残る。
”バイオレンス映画の、社会的悪影響”をマスコミに問われたとき「私は、あなたの質問に答えない。私は、あなたの奴隷でもないし、あなたは私の主人でもない。私はあなたのリズムで踊りたくない。私は、猿ではない」とタランティーノは核心をそらせて、答えなかった。「バイオレンスはいい。観客を魅了する」と言っている”エンターテイメント・テロリスト”は、暴力を否定できなかった。
架空のエンターテイメントであれば、すべて許されるわけではない。私が、タランティーノを嫌う理由だ。
タランティーノは、あらゆる映画のアーカイブを頭の中に呼び出せるような研究家であり、それゆえ、ここは、深作欣二だ、サム・ペキンパーだ、セルジオ・レオーネだとか、興醒めさえする。あるいは、「”キル・ビル”は、復讐劇で、中国のマーシャルアート、日本の時代劇、マカロニ・ウエスタン、そしてイタリアン・ホラーでできている」と本人があっけらかんと解説したりする。
「映画は芸術じゃない、娯楽だ」というタランティーノの開き直りも、好きでない2つ目の理由だ。
”タランティーノのここが好き”というところもある。彼の略歴を見てみよう。
タイガー・ウッズが、3歳からゴルフを始めたように、彼も3歳から10歳まで、映画好きのミュージシャンの父親に映画に連れて行かれた。何を観たいか、子供の希望を聞くわけもなく、父親の好きな映画。ディズニー映画ではなかった。
英才教育のせいか、14歳で脚本を書きはじめた。IQ160と記録にあるが、高校を中退。大好きな映画に囲まれたビデオショップ勤めの生活を、タランティーノは選んだ。「学歴がない人生は、ピクニックではない」と母親が人生の厳しさを教えようとしたが、16歳でタランティーノを産んで、10年間で2度離婚の母親には、彼をいさめることはできなかった。
「あんたの脚本は、下手だね。絶対売れないよ」と言った母親に対し「脚本で儲けた金は、1セントも分けてやらない」と息子は反撃した(脚本収入1億2千万ドル、2021年時点でも、この約束は守られている)。
タランティーノ15歳の時、脚本制作の参考にしたい本を、ショッピングカートに入れたら、母親に突き返された。そこで、その本を自分のポケットに入れた。母親が「盗むな」と激怒、彼に本を返却させた。
19年後、万引きを失敗した本を脚本化し、”ジャッキー・ブラウン”を映画化。作家エルモア・レオナードが「私の著作の中で、脚本化された最も優れた映画」と、ほめている。
タランティーノは「僕の頭はスポンジ、ペンはアンテナ」と言い、人の話を徹底的に聞き込んで、ペンの先から登場人物が立ち上がる。「生きた人物ができあがったら、ストーリーが自然にできる」。ロケ現場で、主演のウマ・サーマンと話しこんで、”キル・ビル2”が生まれたように。
彼の生きた脚本に、演技者が手を挙げる。サミュエル・L・ジャクソン、レオナルド・ディカプリオ、ハービイ・カイテル、ティム・ロスなど、何度も彼の映画に出演している。
でも、いいところばかりではない。”バイオレンス映画”の監督は、ガサツなんじゃないかと思ったりする。
例えば、ハリウッドの大物プロデューサーのセクハラ・スキャンダルが話題になった時、タランティーノは、2人の女性被害者から相談を受けていた。プロデューサーに直接抗議し、2人に対し謝意を表明させた。(しかし、すでに訴訟進行中の2人は、言い訳つきの”謝意”より、訴訟の追い風になるように、タランティーノに声をあげてもらい、マスコミをもっと巻き込みたかったのが本音)。ほぼ何の役にも立たなかった。後日、タランティーノも”もっとうまくできた”と反省。雑。
タランティーノが、梶芽衣子のファンだったことは有名。”キル・ビル”の日本撮影で、「彼女にふたりだけで会いたい」と言い出した。日本人のプロデューサーが、二つ返事で引き受けた。「本人の承諾もなく」と、梶芽衣子が激怒。なんとかとりなして彼女に会ってもらう。でも「英語も喋れないのに、何話すの」というふきげんな顔では、友好も親善も親密もなかった。タランティーノの”ミューズ(女神)リスト”から彼女の名前が消えた。ガサツ。
でも、映画制作では、”映画オタク”の研究心で、粗い網目を細かくする。
クリストファー・ノーラン、アルフレッド・ヒチコック、マーティン・スコセッシ、スティーブン・スピルバーグを研究対象とした。そして、ジャン=リュック・ゴダールを映画の革命児と讃え、彼があみ出した章ごとにストーリーを分けるジャンプ・カットを、”パルプ・フィクション”など、多くの作品で使っている。
「名監督の晩年の作品は、ロクなものじゃない」と思っている”映画オタク”は、生涯製作10本と決めている。その後は、映画研究家になりたい目標を持っている。現在、10本目の映画に向けて、離婚騒動のジョニー・デップと脚本の打ち合わせに入っている。
いい点もわるい点もあり、人間っぽい。タランティーノは、好きでも嫌いでもない、愛すべき人だと思った。