オーディションで恋に落ちる

E.T.

 

ハリウッドでは、映画のオーディションがない日はない。今度こそはと、俳優たちが集まってくる。仕事を得るためには、自分の能力を100%見せる努力を惜しまない。その人のすべてを知る、1番の機会だ。何度もデートを重ねて得る感触よりも、たぶん正確なプロフィールがまとまる。

 

スピルバーグもそう思っていた。「あの女性には、心臓をぶち抜かれた」とプロデューサーに言って(「未知との遭遇」のオーディションで落とした女優と)結婚。しかし、離婚をはさんで2度の結婚。再婚の末の離婚慰謝料は、空前の1億ドル。彼は、心臓を2度ぶち抜かれることになった。

 

3度目の結婚は、映画「インディ・ジョーンズ」(今回はオーディションで落とされず)ハリソン・フォードと共演した女優のケイト・キャプショウだった。

kate capshaw

映画では、猿の脳みそを食べ、大蛇や殺人アリやゴキブリの大群と戦い、”婚前の試練”を経て、厳格なユダヤ教スピルバーグ家に嫁いだ。彼女の偉いところは、プロテスタントからユダヤ教に改宗し、年6回の断食日や、さまざまな戒律を学び、実践し、スピルバーグに「ユダヤ人としての誇りを取り戻せた」と感謝された。

 

オーディションで恋に落ちる彼の癖は、35のアカデミー賞受賞にまつわる超多忙スケジュールの影響もあるだろう。では、どうやって、映画化の原作を選んでいるのか。「これを本当にやるのか?」という彼のスタッフの反論に、情熱を失わないで討議、論破できるかというのが、”リトマス試験紙”になると彼は言う。

 

迷ったときは、意識より「直感(ガッツ・フィーリング)」を大切にする。「内なる声」に耳を傾ける。論理的に考えた末の、意識の逆転を待つようだ。

 

スピルバーグらしい”という典型はない。胸のすくようなアクションものだったり、好奇心をくすぐるサイエンス・フィクションだったり、良心に語りかける社会派だったり、彼の心のおもむくままに多様だ。

 

社会的に影響を与えた優秀な映画が、国会議員図書館に収納されている。彼の場合7作品にのぼる:「ジョーズ」「未知との遭遇」「インディ・ジョーンズ”失われたアーク”」「E.T.」「ジェラシック・パーク」「シンドラーズ・リスト」「セイビング・プライベート・ライアン」。どの監督もかなわない質と量だ。

E.T.

さらに、スピルバーグに驚かされたのは、名刺代わりに見せられた「激突(duel)」。黒い煙を吐く死神が、生け贄をいたぶるような路上サイコ・ホラーだった。

 

12歳の頃から、コンピュータ技術者の父親のムービーカメラで、映画を制作していたスピルバーグにとっては、中学生がいとも簡単にスケボーをあやつるように、カメラを使いこなしていた。ユニバーサル・スタジオにスカウトされ、大学2年生で退学(「子供に対する親のしめしとして、大学を卒業する必要があった」と、50歳でカリフォルニア州立大学ロングビーチ校に戻り卒業した)。

 

スタジオデビューした20歳のスピルバーグは、古いやり方を否定。スタジオ革命をした。そのことで、ベテランのスタッフから総スカンをくらい、スタジオから締め出されることになった。しかし、横あいから見ていた当時の大女優のジョーン・クロフォードが、”あの坊や、言ってることは、理にかなっている”と、スピルバーグの才能を認めていた。

 

3本のアカデミー賞を獲った”ジョーズ”では、”オフ・センター・カメラ”技法をあみ出した。演技者を画角の真ん中から外し、不安で動転している雰囲気をドキュメンタリー風に描写。ヒチコックが激賛した。

 

撮影中に、マット・デーモンが「このカット、もう一度撮り直した方がいいのでは」と言ったら、スピルバーグは「あと1時間かければ10%良くなるだろうが、私は他のカットに進むことを選ぶ」と一蹴した。

 

ある俳優が「ここの演技に迷っている。どうすればいいか、アドバイスを」と言ったら「それはここでやるものではなく、あそこのカメラ前でやるもんだ」とスピルバーグは背中で答えた。

 

週末は、アリゾナの映画館に行くのを楽しみにしていたスピルバーグ少年は、「アラビアのロレンス」を観て、進路を決め、全米を笑顔にし、感嘆のため息をつかせた55の監督作品を残した。しかし、アメリカ映画の流れをつくったスピルバーグにも批判がある。

 

「彼の作風は、感傷的で、道徳的でつまらない」「音響とスペクタクルで、観客を子供扱いしている」「最近の作品は、メロドラマになってつまらない」。ジャン=リュック・ゴダールは「アメリカ映画を芸術ではなく娯楽にし、堕落させた」など。

 

ユダヤ人として差別された子供時代を過ごした私は、差別や偏見に満ちた不幸な世界を変える、大きな”WE”を探し求めている」と、ハーバード大学の講演で語ったスピルバーグの言葉が、彼に対するすべての批判を吹き飛ばしたような気がした。

 

”ボクは、キミの心にずっといるよ”というE.Tの言葉を思い出しながら、スピルバーグの映画を思い返している。

 

スピルバーグは60歳のとき、映画監督としては致命的な「失語症」の診断をされている。努力家の彼ならではの、悪化を遅らせる努力を重ねていると思う。