スープは鬱に効く

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”The heart is a lonely hunter”という二人の盲目の青年の名作を読みもせず、不謹慎にもタイトルが好きだ。

 

しかし、今は、”心は孤独なハンター”という情緒的な言葉は通用しない。AIのスティルスマーケティングの時代になり、「人の心」はミリオンセラー小説のように、読み尽くされ、もはや孤独ではない。読後感が詰まったビッグデータまで出来ても、誰も結論を知らず、読みきれていない。

 

「人の心」を読むことは、実は、情報産業の従事者の仕事だが、どうもしっくりこない。コンピュータにもやらせようとなって、いつも確信がなかったターゲット特定をコンピュータに演算させる試みを始めた。

 

 Googlefacebookのように個人の登録データと、「検索ワード」や「興味、関心」の紐付けで購買動態を細分化するターゲット特定。あるいは、英国のthe audience agencyのMOSAICシステムでは、年齢、住所、職業、学歴、年収のデモグラフィックを、購買動態に細分化した15グループ、66タイプのクラスター分類したターゲット特定。米国にはクレジットカードと連携した購買動態のクラスター分析としてPRISMがあったが、有効性が認められブッシュ政権時から国家安全監視システムにモデルチェンジされた。

 

他方、細分化されたターゲット特定に加え、ネット広告の効果的な媒体スペースを確保するために、2008年のリーマンショックで失業した証券会社のAI自動投機システム開発プログラマーを大量に雇用して、注目度の高い媒体スペース買い付けの自動化と適正化のプログラミングに成功した。

 

このようなAIによる、狙いを定めたターゲット特定や、媒体選定による理想的な展開で、広告効果も理想に近い値になるはずなのに、結果は、当たり外れがあり、理想的な数値ではない。コンピュータも「人の心」を読めていないのは、明白だ。

 

ビッグデータですら、多数「意見」の予定調和に過ぎない。やはりここは、ど真ん中の「人の心」を再び深耕してみようというイエール大学社会心理学者ジョン・バーグJohn Barghの指摘「無意識が、人の行動に影響を与えている」仮説には、可能性を感じる。

 

「今日、心が知ることは、明日、頭が理解する」というアイルランドの作家ジェイムス・ステファンの言葉がある。潜在意識や無意識に触れたものが、新たな概念を形成するという理解は、バーグの仮説と同じだ。

 

「Stop Thinking. Start Feeling.創造性は、知的な過程である。しかし、それは、心から発したものでなくてはならない」と、CDのジョン・ハガティも同様の意見だ。

 

3人の共通点は「人の心」であり、その可視化は、脳科学で言う「プライミング効果」の導入で容易になると、バーグが提唱している。「プライミング効果」とは、無意識の連想思考、心理であるという。分かりやすくするために、バーグが、例をあげている。

 

例えば、ヒーロー映画を観終わって、肩を怒らせて映画館を出た思い出は、男の子ならみんな体験したはずだ。これが、ライミング効果。少年時代のみならず、みんな頻繁に経験していると、バーグは指摘している。

 

例えば、寒い日に温かいスープを飲んだとき、人は冷たい世の中のことをしばし忘れることが出来るとか。例えば「シワ」「白髪」という言葉を聞いたとき、人は歩いている速度を緩めるとか。プライミング効果の潜在意識の連鎖が、人の行動に影響を与えていると指摘する。

 

あるいは、90年代の5年間で、ニューヨーク市の殺人事件を1/3に減少させた「ブロークン・ウインドウ(破れ窓)理論」も、ビルの破れた窓の下を足早に通り過ぎる人々の心理にプライミング効果を察知し、人目のない”犯罪スポット”を一掃するために、ビルの美化を提唱した二人の犯罪学者ウイルソンとケリングの発見を生んだ。

 

最後に、プライミング効果を表す有名なエピソードがある。湾岸戦争の真っ只中、地雷に触れた瀕死の兵士を毎日毎日治療している医療スタッフの休憩室に、誰かがボックス・ティシューを置いた。これを契機に、休憩する医師たちの目から涙が溢れ、ティシューに手を伸ばし、休憩の部屋が、涙の部屋になったと、現地の米軍ラジオ放送で報告された。

 

温かいスープの癒しを、日本人の私たちは、寒い冬の朝、湯呑み茶碗を包み込んだ両手の温もりに感じることができる。プライミング効果を取り入れたクノールのCM

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少し分かってきたと思ったら、すぐ雲に隠される。AIも感知できない、本人も自覚できない心の奥底の変化は、マーケターの洞察力によるしかない。「心」は、情緒的と言われても、やはり”孤独なハンター”として、理解してくれる相手を虚しく待つことになる。温かいチキンスープを飲みながら。 

 

参考図書:

New York Times 6/11/2021 Jesse Singal"Chicken soup can't treat depression〜"

・Malcolm Gladwell"The Tipping Point"Back Bay Books 2002 

・John Hegarty "Hegarty on creativity" Thames & Hudson2014

http://www.qp21.jp/vol01.html