広告人とケンカした男

f:id:qualitypoint:20210705113145j:plain

オリビエーロ・トスカーニ

最初に、広告界に喧嘩を売った男、ご存知、オリビエーロ・トスカーニの言葉を引用したい。

 

「今ある広告は、”死体”だ。安らかに眠る死者を見た者は、”まるで生きているみたいだ。微笑んでいるようじゃないか”と言う。広告にも同じようなことが言える。広告は死んでいる。けれど、いつも微笑みかけている」。

 

広告人は、どんな罪を犯したのか。「巨額資金浪費の罪」「知に対する罪」「創造に対する罪」などで、広告は機能不全になったと、彼は糾弾する。

 

広告コミュニケーションの戦略家たちは「広告は幸せを売る」と言うが、幸せとはそもそも売り買いできるものだろうかと、彼はトドメを刺す。

 

では、そんな彼が、広告界に対して、どういう広告を叩きつけたのか。

 

「世界で最も成功した広告キャンペーンは、キリスト教だ」という仮説からスタートした。

 

「汝、人を愛せよ」という教えで、十字架をシンボルマークにして、「神の国」を最終商品にして、世界を啓発したキャンペーンだという。広告のボディコピーは、聖書に書かれ、「人の不幸」を描いたネガティブ・アプローチで、キリスト教は成功したと、彼は解釈した。

 

彼は、この解釈をベネトンの広告('83-01)に持ち込んだ。紛争や貧困や差別などに関する人々の「無関心」に戦いを挑んだ。それが「平和」をもたらし、人々を「幸せにする広告」の目的を達成するスキームだった。

 

センセーショナルで、スキャンダラスなテーマ(人種差別、戦争、死刑、エイズ、神父の婚姻など)を、彼は数多く取り上げていた。目立たなくても企業良心が伝わる「社会派広告」とは真逆である。誤解を恐れずに言えば「炎上マーケティング」を意識していたと思われる。

 

そして、トスカーニ流に、社会問題をデザインしていた。例えば、肌の色で人種差別をする無意味さを、心臓をえぐり出して表現し、ベネトンの企業としての生き方を訴求した。

f:id:qualitypoint:20210705014331j:plain

広告業界の反応はどうだったか。人の悲しみ、苦しみ、哀れさ、残酷さを捉えるネガティブ・アプローチに対して「彼は、人の不幸と死体を利用して、セーターを売っている」と非難された。イタリアのカトリック教会は「ベネトンは、悲劇的で、メロドラマ仕立てのお涙頂戴の写真で大衆をイメージ操作している」と批判した。

 

では、ここからは、2001年に終わった広告が、マーケティング4.0(ビッグデータに導かれるマーケティング)以降に、どんな価値があるのか考えたい。

 

ベネトンのキャンペーンは、とてもユニークな「ジャーナリスティック・アド」というジャンルに分けられる。新聞の記事を読むように、ベネトンの広告を見て、啓発され、ブランド良心を受け止めてもらおうという仕組みだと解釈する。

 

トスカーニが、社会問題をデザインしたベネトンの広告は、IQが高く、普遍性を欠いているかも知れない。観る人を選んでいる敷居の高い広告とも言える。

 

SNS時代のデータ・マーケティングに劣勢を強いられる制作現場で、ベネトンの広告は、どう映るだろうか。好意的に捉えれば、抑制されていた制作者の主観を目覚めさせ、ひらめきを解き放ち、独創的な広告表現の可能性を生むかも知れない。

 

また、最終的に、ブランドを好きになってもらえば、広告で商品を出さなくても、商品を買ってもらえる。値引きしないでも、選んでもらえる。ブランド広告の強みを発揮するだろう。

 

一方、致命的なアキレス腱がある。ベネトンの広告コンテンツは、フィクションよりリアル、クリエイティブよりドキュメンタリーが優先する。このような報道事実を上書きした表現は、Youtubeツイッター情報が氾濫する今日では、既視感が強く、インパクトが弱いと思われる。

  

また、一般論で言えば、広告は、説得の美学である。一人のアートディレクターの主観では、説得の客観性を担保できない。広範なターゲットを巻き込めないと指摘されるだろう。

 

功罪合い半ばするが「善は悪を駆逐しない。悪は善を駆逐しない。しかし、情熱は消極を駆逐する」このビル・バーンバックの言葉に、トスカーニの立ち位置と、果たした役割を感じる。

 

www.youtube.com

トスカーニの制作した18年間のキャンペーンを支援したのが、広告主のルチアーノ・ベネトンだった。「ウチの販売部長たちの言いなりになるな。君は自分の直感と創造力を信じろ。もし、販売部長の言うことを聞いていたら、明日には、マーケティングの人間たちは、君にどこにカメラを置くべきかとか、黒人は黒すぎるだの、白人は白すぎるだのと言い出すに決まっている。自分の信じる通りにやればいい」。

 

1989年、人種の混淆をテーマに、黒人の女性が、白人の赤ん坊に授乳しているポスターを制作した。アパルトヘイトが存続していた南アフリカに送ったところ、案の定、代理店から絵の差し替えを迫られた。しかし、取引先を失くしても、ベネトンはそれを拒み、トスカーニを守った。後の大統領、ネルソン・マンデラに、二人は招待された。

 

トスカーニには「四角い穴に丸い鋲」を打とうとした異端児をどこかに感じる。一方、ベネトンには、芸術家を育んだルネッサンスメディチ家のような、パトロン精神を見る。

 

広告表現の現代のルネッサンス(復興)に必要なのは、ジョブズのような自己目標のために手段を問わない狂信的なマキャベリズムか、ベネトンのような創造性を羽ばたかせる寛容さか。

 

きっと、答えは一つではない。しかし、確実に言えることは、ひとりの人間が、自我を戦わせる情熱をどこまで持ち続けられるか。そのお手本は、トスカーニが見せてくれている。

 

 

※参考資料:

オリービエーロ・トスカーニ「広告は私たちに微笑みかける死体」紀伊国屋書店