死ぬには、もってこいの日だ②

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man ray

人が生きていくプロセスは、実はカウントダウンできる。しかし、終わりの始まりなんて、誰も考えない。イタリアの青い空のように、みんな明るく生きている。私もそう振る舞った。

 

「雑誌広告は、いろんな色があって、眩しくないですか。こういうのを変えたいな」と言いつつ、マン・レイとかサラ・ムーンのモノクロームの写真集を見ては、ため息。ADの至福の苦しみを味わっていた。

 

先達の二人の編み出した「ソラリゼーション(現像中のフィルムに光を照射して変色させる)」とか「レイヨグラフ(印画紙の上に被写体を置いて感光させる)」技法、あるいは「像のシルエットをダブらせて、オーラをつくるにはどうすればいいのか」ADは唸っていた。

 

カメラマンとの打ち合わせが始まり、クライアントに提出したラフを見せながら「こんな感じじゃないものを狙いたい」「商品がダサいから、はっきり見せたくない」。マン・レイの映像を示しながら「現場のアドリブで生まれる画像が欲しい」と、ADが言った。

 

出席したカメラマンやスタイリストにとって「女性の腕時計の撮影と聞いていたけど、何も決まっていない」という印象しか残らなかった。AD自身も決めかねている。誰にも分からなかった、見えてこなかった。

 

しばらく話すうちに”事前に計算できない結果を求めている”らしいと、おぼろげに分かってきた。”アドリブ”がキイワードだった。変化する自然光を生かすことで、幻想的でシュールなものを表現したい。写実ではなく、心象イメージというのが分かった。

 

ADの要望に応えるのは、自然光の変化を活かしながら撮影する必要がある。スタジオではなく、ロケに出るしかない。

 

10日間のロケ予算の増額を掛け合った。時計が衣服に包まれてあったり、斜光の部屋のテーブルに置いてある時計からは、てっきり都内スタジオだと想像していたクライアント、大いに驚く。もはや、呆れ返っていた。

 

数日後、伊豆半島一周のマイクロバスが用意された。乗り心地の悪いバスの座席に座りながら、これからどこへ向かって行くのか、どれだけの成果を得られるのか、不安だった。乗って行くというより、乗せられてどこかへ行く、という感じだった。車窓は光が眩しく、白っぽいい風景が流れていた

 

伊豆半島に入り、小さな植物園を通り過ぎようとした時、「みなさん、観ていきましょう」ADから提案があった。急ぐ旅ではなし、みんなバスから降りた。

 

ADは、アフリカロケで、道端で拾い集めた30センチくらいの巨大な枝豆とか、種子や木の実を日本に持ち帰り、百貨店のキャンペーンで素晴らしいPOPにした。この手があった。

 

「いいなあ、この貝殻。南の海底にいたんだろうな」。直径80cmくらいのハマグリのような巨大な貝を、ADが笑顔で両手に抱えていた。「こういう偶然の出会いがいいんですよ」とADが言ったので、めどもなく、撮影の小道具にリースすることになった。

 

カメラマンが手配した下田プリンスに到着。ホテル前の白い浜辺での撮影許可を申請して、1週間のロケが始まった。

 

翌朝、ホテル前の砂浜に咲く花に、飛んで来るハチを見て、もしかしてと、悪い予感がした。同時に、ADが「あのハチを撮影したい。生きたまま捕まえてください」と命令を発した。透明のプラスティックのゴミ袋をハチにかぶせて、あたふたと捕獲。ADが、ハチの首にまち針を刺して、弱ったハチを貝殻の上の時計の上に置いて撮影。

 

「羽がもっと開いて欲しいな」と不満だったが、捕獲係の私も、カメラマンも、聞く耳を持っていなかった。

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 南洋の海底の大きな貝は「貝の表面が天然の滑らかさで、いいな〜。よく見ると、フレスコ画の表面のようで、ニュアンスがあっていい」ADのお気に入りだった。その貝殻に時計を置いたが、あまりイメージが湧いてこない。ADは、砂浜のアリを数匹すくって来て、貝殻の上に放った。しかし、アリの動きがよくない。ADは、アリの餌になっているウジ虫を拾ってきて、貝殻に投げ込んで、アリを向かわせて、アリの演技指導ができた。シャッター音が響いた。

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 スタイリストが持ち込んだ洋書や、ホテルの朝食に出たキウイフルーツとか、偶然のマッチングを求めてシャッターを切った。しかし、これらの普通の小道具では求めているマチュアな感じが出ない。映像画素を粗して、ニュアンスをつけた。

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ADは、不良娘に罰を与えるように、商品をいじめ抜いた。掲載後「商品がわかりづらいと、営業からすごいクレームが入っている」と、非難された。翌月には少し鮮明に商品が写っているものを掲載した。警告→修正、これを繰り返した。もはや、こちらは確信犯だ。

 

淡い逆光のテーブルの上のグラス、そばに時計がある。そんな画角で、カメラマンは撮影していた。ADは気に入らなかった。時計が何気に置かれた感じを作りたかった。突然、ADは時計をつまみ出し、時計を1、2度投げ込んで、何気さをつくろうとした。

 

シャッターを切っている最中にもかかわらず、カメラマンの許可も得ず、ADが勝手な動きをした。カメラマンの中で、何かが切れた。砂を蹴って現場を離れた。

 

ADは、静物撮影に限界を感じていた。カメラマンに頼み込み、東京からモデルを急遽呼んで、腕時計をしたモデル撮影に切り変えた。

 

チェコから来たモデルは、悲しげでニュアンスがあり、マチュアな二十歳のイメージだった。途中で雨が降ってきて、傘をさしての撮影になった日があったが、たたずんだ彼女の目から、なぜか涙が溢れてきた。感極まった感じで美しかった。きっと、彼女には、雨の日の悲しい思い出があったのだろう。

 

ADは、海の光にも飽きてきた。そして、彼女をもう少し撮影したいと思った。淡い光を求めて、富士山の五合目に移動した。時計をした彼女の腕を、岩肌に立てかけた鏡に映してレンズに収めた。淡い空が映り込んで、美しいカットに仕上がった。東京のラボからフィルムを取り寄せ、浜辺と山麓で、ほぼ同数の膨大なフィルムを使い、10日間の撮影が終了した。

 

クライアントに報告に行った。状況が一変していた。「いいものが出来れば、テレビでもなんでもやりましょう」と言っていたクライアントから笑顔が消えていた。想像するに、全国の時計店からの受注の結果がすこぶる悪かったようだ。このブランドは、すでに絶滅危惧種になっていた。僅か、雑誌アンアン見開き、1年間の掲載のみが提示された。

 

後日、膨大な現像カットが、カメラマンの事務所から、ADの事務所に運び込まれた。静物と人物のカットをどう組み合わせるか」ADから質問があった。「静物だけのシリーズにしましょう。人物は邪魔だと思います」と言って決まった。

 

コピーは、ビジュアルでは伝えきれていないので、新社会人へのメッセージとして、ちょっと大人になったターゲットの気持ちに添って書いた「さいきん、深い時間を知った。」と、フリーのコピーライターにお願いした「いい時計は、目に匂う。」の2点を提示した。

 

アバンギャルドなイメージは、絵で伝わっている。コピーで”ターゲットの気分”を添えるか、ポップなライバルに勝つための”クオリティ感”か。品位を感じてもらえる「いい時計は、目に匂う」を推薦した。心情表現には、ハチやアリの絵が邪魔していた。

 

マン・レイの幻影にうなされ、かき乱された10日間は終わった。パズルは全て埋まった。しかし、ADが求めていたものは、常にその先にある、彼が誰にも説明できないものだと思う。

 

終売に近い商品の悲しい広告の雑誌掲載が始まり1年後には、大変名誉なADCのクラブ賞に選ばれた。授賞式にクライアントを誘ったら、「別にうちが行く必要ないでしょう」と冷たく言われた。カメラマンも会場では見かけなかった。ADを讃える気持ちから、制作者リストから名前を外すよう希望した私も、パーティの一参加者に過ぎなかった。

 

最高の賞を獲った広告に心があるなら、親や親戚から反対されて結婚したふたりのような疎外感を味わっていただろう。「死ぬには、もってこいの日だ」と広告も思っていたに違いない。

 

                         ※事実に基づくフィクションです